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函館地方裁判所 昭和25年(ヨ)70号 判決

債権者 全日本造船労働組合北海道支部

右代表者 支部執行委員長

債務者 函館船渠株式会社

一、主  文

本件仮処分申請を却下する。

申請費用は債権者の負担とする。

二、申請の趣旨

債権者代理人は、「債権者及び債務者間において昭和二十二年十二月十六日付を以て締結せられた別紙記載の内容を有する労働協約が追て債権者より債務者に対し提起する覚書有効確認請求訴訟の本案判決が確定するまで、仮にその効力を有する。債務者は右協約の趣旨に基き債権者と協議し、その同意を得ることなく債権者組合の組合員の転勤、解雇等その身分に重大な影響を及ぼす行為をしてはならない。申請費用は債務者の負担とする。」との判決を求めた。

三、事  実

(一)、債務者は凾館市、室蘭市、小樽市及び青森県下北郡大湊町に各事業所を有し、船舶ならびに鉱山機械の製造、修理等を営業種目とする会社で、債権者は債務者会社の従業員を以て組織する労働組合であり、下部組織として凾館、室蘭、小樽、大湊に各分会を有し、昭和二十二年三月三十一日全日本造船労働組合凾館船渠支部として発足したが、昭和二十三年六月十五日右組合の組織変更により全日本造船労働組合北海道支部と改称した。

(二)、債権者は予て終戦後におけるインフレーシヨンの昂進に伴う生活圧迫と労働不安から債権者組合所属組合員の完全雇傭を目的とし、昭和二十二年十二月十六日開催の第四囘支部経営協議会において別紙記載の如き内容の覚書を債務者との間に取極め、以て債務者所属事業所の閉鎖、事業の縮少その他債権者組合に所属する組合員の転勤、解雇等その身分に重大な影響を及ぼす企業整備はすべて債権者と債務者の協議決定に委ねることとし、この範囲において債務者は経営権に対する債権者の広範な介入権を容認した。しかして右覚書は債権者及び債務者双方を規律する労働協約としての効力を有し、存続期間の記載は欠くが、その成立の事情と内容からして該覚書成立のときから三年即ち昭和二十五年十二月十五日まで、その効力を有するものである。

(三)、ところが、債務者は昭和二十五年二月二十三日を以て、前記覚書とは別個に当時債権者と債務者との間に締結せられていた昭和二十三年八月二十四日改訂調印の労働協約が期間満了によつて失効するや、同月二十五日債権者に対し右覚書もまた該労働協約失効と同時にその効力を失つた旨通告すると共に、同月二十八日大湊分会の組合員二百二名に対し不当にも解雇の意思表示をした。そこで債権者は止むなく凾館地方裁判所に地位保全の仮処分を申請し、同裁判所において昭和二十五年(ヨ)第二七号仮処分申請事件として係属中、債権者は同年六月十五日最近の経済状勢その他の事情をも勘案し大乘的見地に立ち忍ぎ難きを忍んで債務者と和解を遂げ右申請を取下げた。ところが債務者は更に同年七月十五日無謀にも債権者と事前に協議決定することなく、突然大湊、小樽両事業所の閉鎖を含む組合員千余名の大量解雇という広範囲な企業整備案を一方的に通告してきた。

(四)、しかし昭和二十二年十二月十六日取極の前記覚書は未だ有効であり、債務者のとつた右措置は明かに覚書の趣旨に悖る不当なものであるから、債権者は債務者を相手どり近く覚書有効確認の請求訴訟を提起する準備をしているが、本案判決の確定を待つにおいては債務者が右覚書を無効として前記企業整備案を強行するは十分に予期し得られるところであり、もしかかる事態が生じたときは労働力以外何等の資産を有しない組合員の中から多数の解雇者を生じ、これらの解雇者はその家族と共に生活の脅威に曝され著しい損害を受けることは必至であるのみならず、債権者もその組合活動に重大な損失を蒙る恐が十分にあるので、これを避けるため本件仮処分申請に及んだのである。

なお債務者の主張事実に対し次のように述べた。

(一)、債務者主張の(一)、の事実中、昭和二十二年六月二十日債権者債務者間に労働協約が締結せられたこと、債務者がその主張の如く特別経理会社に指定せられ、次でその主張の如く企業整備計画を主務官庁に提出すべき義務を負担したこと、債務者がその主張の日に主張の如く整備計画認可申請書を提出し、該整備計画が新たに七千万円の増資による旧勘定債務の一部返済の条件付で主務官庁より認可せられたこと、及び債務者がその主張の頃右条件に従い七千万円の増資をなしたことは認めるが、その余の事実は否認する。本件覚書は前記の如く終戦後におけるインフレーシヨンの昂進に伴う生活圧迫と労働不安から特に債権者組合所属組合員の完全雇傭を目的とし債務者が将来事業所を閉鎖、縮少する場合のことを考慮して取極められたものであつて、別に債務者が主張するように企業再建整備計画の実行に伴い予想される非常事態に対処することのみを意図して取極られたものでない。

(二)  債務者の(二)、の主張は争う。本件覚書は旧労働組合法第二十条の規定に基いて取極められたものであつて、当時は現行労働組合法第十五条の施行なく、却つて労働協約の有効期間を定めぬことは当時一般に認められ且つ用いられていた慣行であり、当事者もこれによる趣旨であつた。

(三)  債務者主張の(三)、の事実中、昭和二十二年六月二十日締結の労働協約が昭和二十三年八月二十三日失効したこと、同年八月二十四日右労働協約を改訂調印し、同年九月三日開催の第十一囘支部経営協議会において本件覚書がなお残存してその効力を有することを債権者債務者双方が確認調印したことは認めるが、その余の点はいずれも否認する。本件覚書は一般労働協約の附則覚書として効力を有するものでなく、一般労働協約とは別個の労働協約として今なお効力を有するものであり、又本件覚書がなお有効に存続するものと確認した昭和二十三年九月三日当時は既に事業所の閉鎖、縮少等をすることなしに、企業再建整備計画を実施完了し得る運びとなつていたのであつて、債務者のいうような右計画遂行のためには本覚書存置の必要性はなかつたのである。(疏明省略)

債務者代理人は、主文と同旨の判決を求め、その答弁として次のとおり述べた。即ち

債務者が債権者主張の如き会社で、債権者がその主張のような労働組合であること、債務者が昭和二十二年十二月十六日債権者と別紙記載の如き覚書を取極め、その覚書が労働協約としての効力を有すること、昭和二十三年八月二十四日改訂調印の労働協約が債権者主張の日に失効したこと、債務者が昭和二十五年二月二十五日債権者に対しその主張の如き通告を発し、同月二十八日主張の如く解雇の意思表示をしたこと、これに対し債権者より凾館地方裁判所に地位保全の仮処分申請があり、一旦同庁に係属したが、同年六月十五日和解成立し債権者において該事件を取下げたこと、及び債務者が同年七月十五日債権者に対し主張の如き企業整備案を通告したことは認めるが、その余の債権者主張の事実は否認する。

(一)  債務者は昭和二十二年六月二十日債権者と労働協約を締結し、その第二十一条に「会社は支部分会の所属する工場又は事務所の閉鎖、休業、合併、分離、名義変更その他従業員に重大なる影響を及ぼす行為をなす場合は事前に支部分会と協議する」旨の規定を設け以て債務者がその意思に基き、能動的に事業所閉鎖その他従業員に重大な影響を及ぼす行為をする場合は、事前に債権者と協議する旨約していた。しかるに債務者は終戦後戦時補償金在外資産等の緊急特別経理の必要から会社経理応急措置法(昭和二十一年八月十五日公布)の適用を受けて特別経理会社に指定せられ、次で企業再建整備法(同年十月十九日公布)の適用を受けるに及んだもので、同法第五条第一項に基く企業整備計画認可申請書を主務官庁に提出し、その認可を得て該計画を実行しなければならなくなつた結果、債務者がその意思によらず受動的に事業所を縮少又は閉鎖せざるを得ない等の事態の発生することが予想せられるに至つたので債務者は債権者の懇請に基き、かかる場合における債権者組合員の不安を防止するため本件覚書を取極めたのであつて、その効力は該覚書の成立した事情ならびに右協約第二十一条の規定に対比して明かなように、まつたく企業再建整備法による企業整備計画の実施に伴い発生することあるべき非常事態に対処する範囲に限定せらるべきものである。しかして債務者は企業再建整備法による企業整備計画を立案し、昭和二十三年三月十五日主務官庁に該計画認可申請書を提出し、同年七月二十六日七千万円の増資による旧勘定債務の一部返済を条件として右増資新株の払込期日に認可の効力を生ずるとの許可を得た。よつて債務者は同年九月十日右条件に従つて七千万円の増資をなし、以来右整備計画の実行に移り、同年十二月三十日幸にして当初予想した事業所の閉鎖、縮少等の非常事態の発生を見ずに該計画の実施を完了したから、本件覚書は同日限り失効するに至つた。

(二)、仮に本件覚書が一般的に債務者において将来事業所を閉鎖、縮少する等の場合のことを考慮し、組合員の完全雇傭を意図して取極められたとしても、右覚書は存続期間の定めがないから、改正労働組合法第十五条の規定により、同法の施行と共に当然効力を失つた。

(三)、仮にそうでないとしても、本件覚書は昭和二十二年六月二十日締結の労働協約第二十条「経営協議会で決定したことを会社と支部分会との双方が認めたときは本労働協約と同じ効力を有す」の規定に基き、該協約の附則覚書としての効力を有していたが、右労働協約は、昭和二十三年八月二十三日期間満了によつて失効したため本件覚書も又その効力を失つた。しかるに当時前記企業整備計画は未だ実施完了の域に達していなかつたため、同年八月二十四日債権者と債務者間において右労働協約を改訂調印した後、これに併行し同年九月三日開催の第十一囘支部経営協議会において本件覚書がなお残存しその効力を有する旨双方確認したのであつて、右覚書は右改訂調印した労働協約第四十一条(旧労働協約第二十条と同旨の規定)により該協約の附則覚書としての効力をもつに至つたが、その協約は昭和二十五年二月二十三日失効したから、本件覚書も当然同日を以てその効力を失つた。

以上のようなわけで、本件覚書はいずれにしても失効しているから、右覚書が未だ有効に存続していることを前提とする債権者の本件仮処分申請は失当として却下を免れぬ。(疎明省略)

四、理  由

債務者が債権者主張の如き会社で、債権者がその主張のような労働組合であること、債権者が昭和二十二年十二月十六日債務者と別紙記載の如き覚書を取極め、該覚書が当事者双方を規律する労働協約として効力を有することは当事者間に争のないところである。しかして成立に争のない疏甲第四号証と証人幸崎幸一郎、債権者代表者本人の各供述によると、右覚書自体には「有効期間を定めた条項の記載」はないが債権者所属組合員の完全雇傭を目的として将来債務者が事業所の縮少又は閉鎖されるような事態が発生した場合でも、債務者はその事業所の現に行う事業のみに拘泥することなく適当な方法で現地再建整備を図つて、所属従業員を転勤、又は解雇しない旨の一般的な労働協約として、その存続期間は一応右覚書成立のときから三ケ年を超えない昭和二十五年十二月十五日までとして取極められたものであることについての疏明があつたものといい得よう、しかしながら、成立に争のない疏乙第一号証疏甲第四号証と証人伊部政次郎、佐藤信愛、佐藤義彌の各証言に更に当事者間に争のない次の事実、即ち債務者が終戦後戦時補償金の打切り、在外資産の喪失等による緊急特別経理の必要から会社経理応急措置法(昭和二十一年八月十五日公布)の適用を受けて特別経理会社に指定せられ、次で企業再建整備法(同年十月十九日公布)第五条第一項に基いて企業整備計画認可申請書を主務官庁に提出し、その認可を得て該計画を実行しなければならなくなつた事実を合わせ考えると、当時昭和二十二年六月二十日債権者と債務者間に締結せられた労働協約第二十一条で「会社は支部分会の所属する工場又は事務所の閉鎖、休業、合併、分離、名義変更その他従業員に重大なる影響を及ぼす行為をなす場合は事前に支部分会と協議する」旨の規定を設け、以て債務者の一方的な意思で工場又は事業所の閉鎖休業等その他従業員に重大な影響を及ぼす行為をする場合は事前に債権者と協議することとしていたのであるが、債務者において企業再建整備法による企業整備計画を実行しなければならなくなつた結果、債務者が好むと好まざるとに拘らず事業所の縮少、閉鎖等従業員のため種々憂慮すべき非常事態の発生が予想せられるに至つたこと、右企業再建整備法公布の当初は、それが戦後の目新しい立法であつたため、経営者側の債務者ですらも同法の規定するところを詳細に理解することができず、いろいろ戸惑いしていた程で、いわんや債権者組合では同法の意図する企業再建整備については正確な知識を有せず、左程関心を示さなかつたが、その後債務者が右計画の立案をはじめた頃から、ようやく事柄の重要性を認識するにいたつたこと。このため債権者組合では前記労働協約第二十一条のみでは右非常事態発生の場合には所属組合員の地位を擁護するに不十分なりとして、債務者と交渉を重ねたすえ、企業再建整備法に基いて行われる企業再建整備については、極力犠牲者を避けるとの趣旨で昭和二十二年十二月十六日開催の第四囘支部経営協議会において、債務者所属組合員の常時における一般的な地位保証を規正する前記協約第二十一条のほか特に別紙覚書記載のような労働協約が結ばれたものである事が疏明せられたものであり、他にこれを動かすに足る疏明資料は存しないからさきに債権者が本件覚書を以て債権者組合員の完全雇傭を目的とする一般的な労働協約であるとする疏明は結局その疏明がなかつたものといわざるを得ない。そうすると本件覚書の効力は債務者が企業再建整備法に基く企業整備計画の実施に伴い発生することあるべき事業所の閉鎖、縮少等の事態により生ずる債権者組合員の解雇転勤等その身分に重大な影響を及ぼす場合に対処する範囲に限らるべきものであり、その存続期間は右企業整備計画の実行が終了したときは当然消滅するという不確定期限の趣旨に解するのが相当である。しかして債務者が昭和二十三年三月十五日主務官庁に企業整備計画認可申請書を提出し、該計画が新たに七千万円の増資による旧勘定債務の一部返済の条件付で当該主務官庁の認可を得たこと、そして債務者が同年九月十日右条件に従つて七千万円の増資をしたことは当事者間に争なく、同年十二月二十日債務者において右企業整備計画の実施を完了したことは成立に争のない疏乙第十号証の二により疏明されたから、本件覚書は右計画の実施完了により同日限り失効したと言うの外ない。

果してそうだとすれば、本件覚書が今なお有効に存続していることを前提とする債権者の本件仮処分申請は、その余の点につき判断するまでもなく理由がないものとしてこれを却下することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して主文のとおり判決する。

なお本件仮処分申請は前記の理由で却下したけれども、それは飽く迄当事者双方提出の疏明資料に基く一応の判断であつて、究極的なものでないこと勿論である。殊に本件口頭弁論にあらわれた疏明資料によれば、本件仮処分申請の発端となつた昭和二十五年七月十五日の企業整備案中、小樽、室蘭両事業所の閉鎖を含む人員整理はその後労資双方の互譲妥結により円満解決を遂げ、残すところは僅かに函館分会所属組合員の人員整理に関する問題のみに過ぎぬ。しかも債務者の経営状態は南鮮における動乱を契機として漸く好転が期待され、一面失業者激増の現下の社会状勢に想到するならば、たとえ債務者において会社経営上或る程度の人員整理は止むを得ないとしても、その員数或は方法等について一段の考慮を払う余地を存するわけで、この際労資互に協調し法規や協約にとらわれることなくこの際新な観点に立つて問題の自主的解決に努むべきこと今更多言を要しないところであろう。この点特に附言する。

(裁判官 岩崎善四郎 森松万英 斎川貞造)

別紙覚書<省略>

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